ごろ寝発電

”experience is everything" 辻和美というサンプル。

「自信がないんです」と素敵な笑顔の君は言う。自信がない、の正体について。喜びから選ぶ。

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以前たった1人のマニアがいればそれでいいとかって書いたけど、
思いっきり自分がその他大勢と比較して、
うじうじしちゃってた、という事実にさっき気が付いた。

参照記事

最近よく相談うける「結婚したい」「不倫」「結婚制度」について。不倫や浮気には2種類ある - ごろ寝発電

 

わたしには嫌いな部分があって、
ずっとそれをやだなあと思ってた。

ところが、うちのだんなはそれがすごく好きだと。
たまらんと。
かわいいと。

うーーーん。
素晴らしいよね、このマニアっぷり。

こんなにちゃんと、しかもずっと言ってくれてるのに、

「でも」
「そんなことない」
「だって変じゃん」
「自信ないよ」
「他の人はもっときれいじゃん」

が、邪魔をしてせっかっくの褒め言葉を受けとれてなかったことにさっき気が付いた。

うわーーーーん。
なんだよーーー。
またかよーーー。

 


●「自信がない」「ほめ言葉をうけとれない」

 ほめ言葉を素直に受け取る練習を2年くらいやってて、最初はむず痒くてたまらなかったけど、最近やっと素直にそのまま受け取れるようになってきた。

この、ほめ言葉を素直に受け取れないって、なんなんだろうね。
謙遜文化、も、1個ある。

だけど、根底に流れる「わたしなんて」「わたしごときが」「わたしよりもあの人のほうが」

でも、これって、よーーーく考えてみると、
実はめっちゃごう慢だし、自信満々なんだよね。

 


「わたしよりもあの人のほうが」

もし、本気で自分はダメだ、と思っていると仮定しよう。
そしたら、「わたしよりもあの人の方が」って比較はでてこないよね。
だって、最高に自分はダメって思ってるんだったら、ぶっちぎりでワーストなんだから比較なんてできない。

って、ことは、自分で、そこまで悪くない、又は
そこそこイケてるって思ってるってことじゃないのか??

 

 「わたしなんて」

ねー。いじけてますね。
ねえ、なんでいじけてんの?

だってみんなわかってくれないんだもん
だってわたしの魅力を分かってもらえるように表現できないんだもん

わたしっていいでしょ?前提。

 

「わたしごときが」

他にももっと素敵なひといるじゃないですか。

いや、誰もわたし「だけ」が素敵なんて言ってねーし。
わたしの笑顔「だけ」がいいなんて言ってねーし。

この謙遜の皮をかぶった自信。いいよね。

 


●自信の喪失と消費生活のワナ

 

自信がない、って、気のせいだよ。
自分で表面的にそう頭で思っていたとしても、
あるいは思い込まされていたとしても。

 

消費文化の怖いところはそれで、

ほら、あなたはこんなに欠けているの。
だからこれ使いなさい、買いなさい。

って洗脳してくる。
売りたいだけなんだよー。

 

欠乏感植え付けて、危機感あおって
売りたいだけなんだよー。

 

みんなの不安煽って戦争に突き進んでお金儲けしてる人がいるって構造と同じなんだよー。

 

あなには「平均」からすると、
「普通」からするとこれが足りない。

だから付け足して
付け足してつけたしてツケタシテ・・・・。

 

だって足りないんだもん
不足って言われたんだもん
不安なんだもん

 

そしてあなたでなくなっていく
どんどんわたしでなくなっていく

 

あなたの人生にはこれだけお金がかかる。ね、老後心配でしょ?
一人で生きていきたくないでしょ?
「なんにもできない」、「何者でもないあなた」が頼るのは
お金でしょ?血のつながりだけでしょ?

さあ、どうする、どうする?

これなら安心、じゃーーん
はい、結婚、みたいな。
はい、なんらかの保険、みたいな。
はい、マイホーム、みたいな。

 

こっちの感情で手に入れたものは虚しいよ。


もう、そういうの、そろそろ、うっとうしくない?

嘘くさくない?


こういうものぶっ飛ばして、一人でええねん、老後くそくらえ、
ってなった時に見える世界は、もう。気持ちいいよ。

何があっても大丈夫なんじゃないかなー、というふわっとした自信。

 

そのうえでの
結婚、リスク管理、マイホーム、みたいなのってめっちゃいいよね。

 

欠乏感や恐怖心からそれを選ぶのか
喜びからそれを選ぶのか。

 

 


●喜びからそれを選ぶ

 

はんぱない存在の、唯一無二の存在の私を
もっとハッピーにしてくれるものは何かしら?

って感覚でお買い物したいなあ。

 

そういう目でいろんなものを見渡すと、数は少ないけど、素敵なものっていっぱいあって、それを提供してくれる人なり会社なりって確実に増えてきてる。

 

ただし、新しい価値観を提供している「フリ」してますビジネスもあって、寒気するけど。似てるし、ひっかかりやすい。


まあ、結局何を信じるか、どう判断するか、って、自分で決めるしかないんだけど。
本質を見よう。

偽物と本物を交互に見続けると目が腐るらしいよ。うわー。
まあ、楽しいけどね。たまには失敗するのも。

 

●究極のわたしマニアであるわたし自身に失礼なのだ

自信がない、って、「誰かに」植え付けられた何かで、
ただの自分の「思い込み」で、そこベースで何かを選んだり
行動したりするのって、もったいなくない?


自分の「いのち」に無礼じゃない?

生きてるだけでいい、って全肯定して、今日も休まず働いてくれている
自分の身体に、臓器に、無礼じゃない?

 

自分自身に対して自分が一番の無礼者。

 

ちゃんと受け取ろう。
だっていろんな人たちが、もしかしたら動物が、世界中が、手を変え品を変え「かわいい」とか「素敵」とか、「好きだよ」とかいろいろいろいろ言ってくれてるんだよ。

 

あ、だけど受けた不快な言葉や行動はスルー。
自分には関係のないことがほとんどだから。
暴言を放った、行動した、「相手自身の問題」。
ただ単にぶつけられただけ。
ほんまに迷惑なんですけど。
勝手にセルフで解決して欲しいんですけど。


だからそんなもんで、わたしの「存在」は傷つかない。
わたしの「価値」は左右されない。


ぶっちゃけ、他者とか、知ったこっちゃない。
「自分自身を思いっきり生きる」ことだけにフォーカスしたい。


あと、誰も私を褒めてなんてくれない、
って孤独感じている人も多いと思います。

でもこれってただ単に気がついてないだけなんだけど。


そんな以前の自分のような人に、そして誰よりも自分自身に向かってただただラブレターを書きまくりたい。大丈夫だよって。

なんなんだろうね。

1円にもならないのに、時間や批判や損の方が明らかに大きいのに、でも書きたいという、この湧き上がってくる感覚は。これがわたしのやりたいこと、ってことなのかな?


まあ、「ただいま楽しく発展途上中」だからそのうち分かるかな。

いい言葉でしょ?ロミさんって方がいらっしゃって、
ってこれ、すごく長くなるからまたの機会に・・・。


あ、ここまで書いといてあれだけど、究極は
自信なんて、あっても、なくてもどっちでもいいと思います。
どっち選んでもいい。
どっちの人生もすばらしい。
生きている、ということの前においては、なんでもアリだと思います。

 

 

***「今のわたし」にとってだけの正解。見えている世界***

辻 和美 ツジカズミ 

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