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ごろ寝発電

”experience is everything" 辻和美というサンプル。

地に足をつけて生きなさい、と同級生にめっちゃ叱られたはなし。なんのために生まれて、なにをして生きる?

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かずみさんでも一人で海外って怖いんですか?とか、よく聞かれるけど、
おいおいおいおい、怖いよ。めっちゃ怖いよ。特に毎回旅立つ前は。

旅の途中で激しく確信した。
やっぱり私は旅なのだ。と。

って話をキリッと前を見つめながらだんなにしてたら、

「そんなカッコイイもんじゃないやん。怖くて行きたくない自分を(すでに払った)金がもったいないから行くぞってねじふせてやっと行っただけやん。
いやー、でも今回は本当に行かないかもと思ったよ。」

って、言われるくらい毎回怖いだの行きたくないだの何の意味があるんだだの、
お金があああ、だの、行きたくない行きたくないっていいながら見苦しく旅立つ。
そういう意味では毎回、ワクワクなんて微塵もない。

どちらかというとこのまま家にいたら腐って死ぬ、みたいな
行かざるを得ない、行くしかないって焦燥感の方が近い。
ポジティブに選ぶんじゃなくって、もう、どうしようもなくて。

帰国して、だんなと話してて笑っちゃったんだけど、
この感覚も今だけだと思うので記しておく。


地に足をつけて生きなさい

 

年末に昔からの友人に「地に足をつけて生きろ」って、
めっちゃ叱られた。めっちゃ叱られた。こんこんと。

彼女は学校の先生でよき母でよき妻でよき嫁。
すべてを丁寧にきちんとやってる。地に足がつきまくってる人。
学校で生徒に道徳を教える人。

めっちゃ叱られて、めっちゃへこんだ。

確かにわたし、何やってんだろうって思ってた時期でもあったし、
それでも自分なりにひとつづつ掴んできてて、だけど、なんか揺れてる、
ぐるぐるしちゃう、停滞してる、そんな時期だったんだよねー。

だからずっとこの「地に足をつけて生きなさい」って言葉はひっかかってた。

んで、先日空港の待ち時間に彼女とLINEしてた。そこで彼女と「私たちって高校の頃に想像した未来を生きているのかな?」って話題になり、わたしはこう返事した。 

________________________________

高校の時に何を想像していたか。ごめん、まったく思いだせない。
高校のとき、私は何を大切にしていたんだろう。
何を信じていたんだろう。

 いま、KLIA2。これからジョグジャカルタに飛ぶよ。
わたしこんなところで何やってんだ??って頻繁に思うんだけど、
魂が震える瞬間があって、自分はこうしか生きれないって思う。

こうしたい、じゃなくって、こうしか生きれない。

 一期一会を繰り返していく。いま、この瞬間にしか興味がない。
タチ悪い。でも、たぶんこれが自分。 

高校のときの自分に言ってあげれることは、
人の真ん中は善だよ。愛だよ。
そしてそれは、自分もそうなんだよ、ってことかな。
自分は信じるに値するぞ、って。
世界は信じるに値するぞ、って。

______________________________

 

地に足をつけて生きなさい。

それは子供も持たず、いろいろな、嫁として子供として親戚やいろんな役割も果たさず、
マンションも買わず、仕事も辞めて、その他もろもろの社会的役割を果たしもせず、
いい年ぶっこいて老後なんかくそくらえな私を見るに見かねての彼女からの言葉だった。

「現実を生きていない、ふらふらしてる、もっと現実を生きなさい。
なんだか、バーチャルを生きてるように見えるよ。」

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うん。その通り。
わたしはふらふらしてる。
浮かれて生きてる。

だけどね、ほんとにありがとう。おかげで分かったんだ。

 

何より私の足が地についてなかったのは、そんな外側のことじゃなくって、
私が ”決めきれて” なかったことだったんだよ。

自分の生き方を、こう生きるんだって、他者の無理解に苦しもうがなんだろが、
私はこう生きるんだ、こう生きるしかないんだ、って ”決めきれて” なかった。
腹をくくれてなかった。
だからわたしは地に足がついてなかったんだよ。

 


号泣した。慟哭に近かったかもしれない。

いつも思ってたことだ。
だけど頭で理解してただけだったんだ。
体感を伴ってなかったんだ。

やっと分かった。
これもまだ甘いのかもしれない。
またいつの日かズシンと本当の意味で腑に落ちる瞬間がくるのかもしれない。

でも、少なくとも昨日までの自分とは違う。

 

地に足をつける、とは、安定した生活を送るって事だけじゃなくって、
畑を耕すことだけじゃなくって、


わたしは何者で、どう生きていきたいのか、あるいはどうしか生きれないのか。
それを知ってどこかで ”覚悟” するってこと。
”決めきる” ってこと。

 

確かに。
確かにわたしは地に足がついてなかったんだよ。

私はこう生きる、って彼女に伝えた。
それがさっきのLINEの文章。

彼女は理解してくれた。おそらく私と同じくらいの熱量で。
返信から、行間から感じ取れた。

 

多様性と寛容性

私たちは生き方が違う。
生き様が違う。
真逆と言ってもいいだろう。

彼女は社会の仕組みを人としての道を子供たちに教え教育する。
わたしは社会の仕組みから既存の価値観からすり抜けたいと思っている。
新しい価値観を生きたいと思っている。

安定と秩序を望むものと新しい何かを望むもの。

だからって分かりあえないわけじゃない。
尊重しあえないわけじゃない。
どっちが正解とか、そんなことじゃない。全然ない。

彼女が気付かせてくれたのだ。
わたしのずっと奥にあった本音に。


『多様性と寛容性』
おそらくこれがわたしの人生のキーワード。


『人の真ん中は善だよ。愛だよ。
 そしてそれは、自分もそうなんだよ、ってことかな。
 自分は信じるに値するぞ、って。
 世界は信じるに値するぞ、って。』

わたしはこれを、ただ感じたくて、ただ確かめたくって
旅をしている気がする。
インドネシアの原っぱで突然そう気づいた。

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あなたもわたしも、真ん中は善だし、愛しかない。
あなたは信じるに値する。
自分自身も信じるに値する。
世界は信じるに値する。

人生に意味はない。
意味なんてない。

だけど、だから、なんだっていいんだよ。
大丈夫なんだよ。YESなんだよ。

わたしは大丈夫。
あなたも大丈夫。

あなたが諦めようが否定しようが、わたしはあなたをあなた以上に肯定する。

わたしは、そのために全てを選んで産れてきたんじゃないかと思う。

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
答えられないなんて
そんなのはいやだ 

  

なにが君のしあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのはいやだ (アンパンマンのマーチ

 

アンパンマンはんぱない・・・。

世界はいつだって優しい。
世界は信じるに値する。
少なくともいま、わたしに見えている世界はそうだ。

だから「ほほえんで」一緒に生きていこうじゃないか(^▽^)/

 

 

***「今のわたし」にとってだけの正解。見えている世界***

辻 和美 ツジカズミ 

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Twitter: https://twitter.com/kazumi10000

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『 地に足をつけて生きる』ということ。それは自分の根幹と「しっかり」繋がることなのかもしれないね。

 

kazumi1000.hatenablog.com