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ごろ寝発電

”experience is everything" 辻和美というサンプル。

熊本にて。5月の風と目にしたものと見えてるもの。現地との温度差。一つの終わり。

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GWは熊本に帰省。まさかこんなに早くしかも九州新幹線で帰れるとは!座席は自由席でもグリーン車並みのシートで超快適。ご利用ください。

 

街はあれから3週間経っているので市電も動いてるしいつもの風景と基本的には変わらない。だけど道路に修繕したての亀裂の後があったり、きちんと片づけてはあるものの建物の一部や塀が崩れていたり、倒壊の恐れありの紙が貼られてたり、ボランティア村ができてたり、店の営業再開がいつになるか分からなかったり、自衛隊の特殊車両が並んでたり。

 

非日常な空気と相変わらずののんびりした空気とが混在していて不思議な感じ。10代の頃のスイートな思い出がぎっしり詰まった熊本城の姿を見た時は言葉を失ったけどニュースで見た時の精神的ダメージとは違って、「そうか、こうなったか。分かった。で、私はどうしたらいい?」って思考が完全に「再建」に向かって動きだした。

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翌日友人宅に行くために被害が大きい益城町を通過。隆起した道路。半壊、全壊した家屋。まっすぐになっているものがなくて平行感覚が分からなくなる。

 

友人からは通行止めも多いし渋滞もすごいから何時間かかるか分からんよ。気を付けて来てね。と言われていたので夫とかなり早めに車で出発したがその日は渋滞もなく拍子抜けするぐらいあっさりと着いた。益城の道をまさか通れるとも思っていなかったので驚いた。

 

 

復旧のスピード

とにかく復旧のスピードが早い。2度の強い地震で弱くなったところに頻発する余震で道路に新たな亀裂が入って通行止めになってても夕方には修復して通れるようになっていたり、壊れても、壊れても、修復する。少しづつ少しづつでも確実に通れる道が増えていったそうだ。私たちが通った道路は5月4日時点でどこも通行可能になっていた。南阿蘇方面の道路はまだまだ時間がかかるだろう。だけどこれも1日違うと全然違うから明日はもしかしたらメドがたってるかもしれない。

 

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全国からプロが来てライフラインを修復し検査をし全容を把握していく。早いスピードで修復していく光景が与える希望と安心感。本当にちょっと場所が違うだけで被害も復旧状況も大きく違うから一概には言えないけれど。今だって車中泊の人も避難所の廊下で寝ている人もいる。自分が見た感じたしかもその時点の範囲のことしか言えない。

 

 

一番多く聞いた話

 一番多く聞いたのは「してくれたこと」に対する感謝。いろんな人が『地震怖かった』の次に『してくれたこと』を口にする。「不満」よりも「ありがたやー」。本人も被災してるのに家や家族を置いて業務についている人たちへの、自衛隊の方々への、スペシャリストたちへの、ボランティアへの、心意気ある企業への。あれをしてくれたから助かった、って話をほんとによく聞いた。いろんな場所でいろんな人から。

 

今はまだ大丈夫だけど家の修繕費の見積もりが上がってきたら泣くかもね。と友は笑っていたが、そうだね。これから先、だね。いろんな人たちの人生計画が変わっていく。 

 

 

いま、揺れたよね

余震はだいぶ落ち着いてきたとはいえ、滞在中も何度か揺れた。その都度みんな「いまのは3だろ?」「いや、2じゃない?」「テレビつけろー」「あー、2だった」みたいな会話になる。震度当てのプロ。で、そのことを指摘するとみんな照れたようにあははと笑う。この感覚。どんな時もシリアスになりすぎないということ。

だけど、昼間笑ってる子供も大人も夜寝れなかったり、ちょっとした物音に敏感になっている。そしてこれも個人差がとても大きい。

  

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全国放送とローカル番組の温度差

 

テレビ見てて東京のスタジオと熊本でテント村作ってる野口健さんの温度差がすごかった。クレームを最小限にしたい空気のスタジオと(仕方ないよね。何言っても叩くからね。こういう時は。)自分の在り方、やり方に腹をくくってる野口健さんの違いがすごすぎた。もう、はっきりと感じてしまった。どっちがいいとか悪いとかじゃなくって、違い。シリアスに「大変ですね。大変な現場ですね」を全面に押し出してくるスタジオに対して


「いかにココを楽しい雰囲気にするかですね」「あー、大雨でも大丈夫ですよ。(作業)やれます」「屋外で作業してるとあんまり余震って気が付かないんですよねー」のほほーん♡


いかにこの状況下で神妙な顔をせずにいられるか。うるさい外野を無視できるか。被災地で歌えるか。楽しくしようとできるか。思いを、自分を、貫けるか。

 

野口健さんはガチ。ガチの人。自分の「在り方」を持っている人。自分自身を生きてる人。「えー、だってそうでしょ?なにがあかんの??」みたいな。だから軽やかだし、ここぞとばかりにどうでもいい不満をぶつけてくるだけの外野なんて、それこそどうでもいいのだろう。シンプル。

 

 「見ることは背負うこと」野口健

 


ネパール地震の時もそうだったけど、今回も野口健さんがすぐに手を挙げてくれたので、自分にできる限界MAXの金額を速攻で健さんのNPOに送った。誰に託せばいいか分かるっていうのはありがたい。

 

熊本ローカルの情報番組はけっこう冗談言って笑かしてくれる。車中泊の方に向けた熊本弁のラジオ体操とか死ぬほど笑った。出演者も避難所からTV局に通ったりしてるんだけど笑かしてくれる。被害のなかった県内エリアでのイベントや祭りも「こういうのは大事ですよね」って全肯定だ。自粛なんかより日常を取り戻したいのだ。これまでのように。普通の日常を。笑って暮らせてた当たり前だったいつもの日常を。

 

だけど大きな会場やホールが損壊したり検査で多くのコンサートやイベントが中止になっている。こっちじゃやりたくてもやれないだけなのに自粛で東京のイベントが中止になるとかなんでですのん???

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屋根の上で五月の風に吹かれる

夫が実家の屋根の上に登って作業してくれているときに小さな余震があった。業者さんが圧倒的に足りないので自分たちで屋根に上って修理中に転落し頭の骨や腰の骨を折って入院している人の話をたくさん聞いていた。ひやっとした。大事なものはそう多くはない。


作業が完了し私も屋根にのぼって夫と二人で屋根からの景色を見ていた。不思議な感覚。屋根なんてのぼった記憶がないのにノスタルジー。夕日が落ちていく。5月のいい風が吹いていた。突然、腹の底から思った。

 

 

必要なものはすべてある。

比較ではない絶対的幸福感、それがすべて。

 


わたしにとって実家は苦手な感じで変な違和感があった。なぜだか急にそれが屋根の上で風に吹かれて全部溶けて「ここが私の基盤なんだ」と強く思った。

同時にこれまでどれだけ自分が愛されて生きてきたか思い知った。自分がどれだけこの地を出逢った人たちを愛しているか思い知った。どれだけ自分が勝手に拗ねて愛情を受け取ってこなかったかを思い知った。

 

地震をきっかけにしばらくの間「もともとあったのにフタしてて気づかなかった感情」が噴出していた。そりゃもう、ブラックでしたよ。いままでスルーできてたわずかな濁り。これまでは誤魔化せてたわずかな違和感。もう、それさえもだめなんだな、たとえわずかでも見逃してくれないんだなと思った数日前。その流れでこの腹落ち。点が線につながる瞬間。この瞬間を頻繁に経験すると完全に確信が深まる。なにがあっても大丈夫。もともと大丈夫。

 

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熊本から帰ってきて、全てが変わった。なにも変わってないのに、見えているもの全てが変わった。


すべて、ある。
すでに、ある。

 

もはや外になにかを求める必要はわたしにはない。「自分のこと」は終わったのだろう。

 


***わたしにとってだけの正解。見えている世界***

辻 和美 ツジカズミ 

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