ごろ寝発電

”experience is everything" 辻和美というサンプル。

腑に落ち中毒。「ワクワク」とか「やりたいこと」とか、やっぱりどうでもいい。

 

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ちょうど1年ほど前に「やりたいこと」とか「ワクワク」とか、もうどうでもいい。って記事を書いた。ワクワク業界の方からどういうことだと質問をうけたり、はてなブログの注目記事になったりめちゃくちゃびっくりした。  

「やりたいこと」とか「ワクワク」とか、もうどうでもいい。その先。あるいはその前。 サンプルとして生きる。 - ごろ寝発電


読んでくれるのは響く人だけでいい。これを忘れないようにしたい。そもそもマニアックなブログなのだから「いま現在」思っていることを恐れずに「自分の言葉で」「体験したことを」お構いなしに書けばいいのだと改めて思った。

 

 

腑に落ち中毒とは?

3年くらい前の中野裕弓さん(ロミさん)との出会いがきっかけで私は人生を変えた。そのロミさんに今年の9月に久しぶりに愛のボコボコを派手にくらってそれまでの私はまた死んだ。それはそれは見事に死んだ。明日のジョー並みに真っ白になった。 

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1回死んでこの中毒にも気づいた。腑に落ちる瞬間って、めちゃくちゃ快感。「ああ、そういうことか。そうだったのか」って震える。世界が急にぱあーーって変わる。THE劇的。THE興奮。ふわああああってなる。それはすごく素敵な大事なことなんだけど、あの頃の私はこの強い刺激を何度も得たくてほんとは分かってることをあえてわざわざ深く掘り散らかして腑に落としていた。お約束の自作自演。なんという停滞プレイ。お猿さん。無意識様がお見事過ぎて笑っちゃう。

 

ジョグジャカルタの何でもない原っぱで突如として湧いてきたあのわけのわからない多幸感とあらゆることが腑に落ちたあの瞬間が忘れられない。あれを超えるものをもう一度旅で感じたかった。今までにあれを超えるものはない。旅にも疲れ果てていた。だけどこの先同じものを得られなくてもかまわない。そう手放せたら旅に対する純粋な気持ちがまた戻ってきた。あの瞬間にひどく執着してたんだなあ。 過去なのにね。

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実は問題や悩みが全くないってちょっとヒマ。まさかのヒマ。だからココにないものや、すでに終わった何かを追い求めたり。そして勇気を必要としない場所で停滞する。巧妙に先に進む怖さをカモフラージュ。すごいなあ。もう充分堪能しました。ありがとうございます。 

 

そもそも「何もかも」を腑に落とす必要はない。腑に落ちないまま進めばいい。

 

  

「ワクワク」や「やりたいこと」

「ワクワク」をテンションが上がることだととり違えると充足感は得られない。その時だけで喜びは持続しない。次のワクワクを探し続ける。求め続ける。それも悪くはないけどキリがない。基本的にこの手のワクワクはとてもお金がかかる。

 

「やりたいこと」を人に認められることの中から探そうとすると充足感は得られない。ある地点に来るととんでもない虚しさを感じる。誤魔化そうと思えばいくらでもごまかせるけど。

 

自分の心の奥の方が「喜ぶ」ことをちゃんと見る。身体の「上の方」じゃなくて奥の方が「喜ぶ」感じ。それはとっても静かな感覚。微細な、ほんとうに微細な感覚。その先に私の場合は衝動が直結している。「ワクワク」って少し雑なんだよね。受け取り方で間違いやすいワードだと思う。やっぱりどうでもいいな。

 

 

「ワクワク」よりも「至福のうふふ」そして「feel good」

中野裕弓さんと言えば「愛のコーヒーカップ」と「feel good」もう一つ好きなのがこの「至福のうふふ」。やっぱりこれだな。わたしは、この3つです。

 

ほんとうに欲しいものは何か?

 

結局、私が欲しかったのは今の静けさ。強い刺激よりもじわじわっとくる喜び。人の暮らし。一人ひとりの中にある宇宙。そしてそれへの敬意。

 

腑に落ちることも気づきも強い刺激も突き抜ける感覚も大好きだしこれからも大事にしたい。大事だからこそそれを「得るために」それを「目的に」してはいけない。そこじゃない。「ワクワク」も「やりたいこと」もそれ自体が目的ではないはずだ。

 

今は心の中のこの静けさにいつでも戻ってこれる。気分よくいられる。どんな場所でもfeel goodでいられる。意味もなく「至福のうふふ」を感じられる。何もなくても。何もしていなくても。何者にならなくても。ただ、いま、生きているということ。

 

人は必ず死ねるのだから、その日まで思いっきり生き切りたいと思う。自分が、自分だけは、納得のできる人生を送りたい。誰かに理解されなくてもかまわない。他の誰でもない自分自身が納得のいく1日を。日々の暮らしを。違和感のない清々しい心地よい自分にとってだけの正解を生きていきたいと思う。 

 

***わたしにとってだけの正解。見えている世界***

辻 和美 ツジカズミ 

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