ごろ寝発電

”experience is everything" 辻和美というサンプル。

夫婦を超えてゆけ

「うちはハイブリッドな夫婦だから。スナックのママ、興味なし!」夏の終わり頃、東南アジアを1か月ほど旅をしてきてその後も国内を移動しまくっていて、毎秒ごとに自分を見失いなんだか完全に自分の軸がブレておかしな方向に踏み出していた頃、尊敬する人にこう言われた。「そんな事してたらだんなさん、スナックのママに行っちゃうわよ。あなたと一緒にいる意味がないじゃない?」

 

 

ここで言う「スナックのママ」とは実在する特定の人物ではなく、スナックのママ的な人、という意味。話を聞いてくれて褒めてくれて気分よくしてくれる誰か。まったく発想になかったので青ざめて新幹線に飛び乗り、急いで帰ってだんなと話をした。その時うちのだんなが発したのが冒頭の言葉。

 

 

ハイブリッドな夫婦

その時はなんだかよく分からなかったけど話題のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』を夜中に一挙に観て、そういう意味だったかとやっと分かった。

 

ゴリゴリの理系で論理的思考の夫。私は理系の男の人にしか萌えない。自分が文系で感情的で起伏があるから感情がフラットで冷静な男の人が好き。 

 

ハイブリッド、つまり『ふたつの要素(異種)を組み合わせて作られたひとつのもの』。「あなたみたいに軽いノリで結婚したわけじゃないから」と何度か言われたことがある。やっと分かってきた。この人はすっごく覚悟して結婚したんだ。二人もしくは一人であっても「二人にとって最適な」夫婦関係を構築していこうと覚悟してたんだ。

 

 

結婚して13年。分かってるようで全然分かってなかった。わたしはただ「好き」だけで、だんなは「二人で添い遂げること」を二人で作り上げていく関係性を見てた。大人と子供。そう気づいたら一気にこれまでの夫の発言が理解できて、今、決して忘れないように悶絶しながらこれを書いている。自分の稚拙さアホさが死ぬほど恥ずかしい。

 

 

 

どうあるのが君のためなのか、二人のためなのか

そういえば夫に「この先他の男の人とも付き合ってみたい」ってクレイジーな相談をしたことがある。真剣に考えて出してくれた答えが「期間限定で実験的に離婚してみる?」だった。非常に真剣に真摯に考えてくれたのだ。たくさん議論してさんざんシュミレーションして「意味がない」って結論になったので実行はしなかったんだけど。

 

こんな常軌を逸した相談に真摯に答えてくれたことで改めてこの人しか要らない、と思った。これも常識に囚われずに妻が、2人が、どうあるのが「最適」(幸せ)なのかを一番に考えてくれていたということ。大人すぎて大きすぎて甘えすぎてなんだか。

 

 

大きすぎるものは視界の限界を超える。

自分が稚拙すぎて真意を受け取れなかった時期も勝手に被害妄想して「どうせ分かってくれない」とか「私が成長するのがイヤなんだ」とか思い込んでた時期もあった。だけどちゃんと気づけばいつだって根本はでっかい愛なのでした。大きすぎるものは見えにくい。大きすぎると近すぎると視界の限界を超える。分からない。分かってなかった。

 

 

この子の可能性をつぶしたくない 

私が一人で海外に行くことやヒッチハイクしたりすることを聞いた共通の友人が「危ないから止めさせて」と夫に言ったとき。「心配はしてる。だけどこの子は自分たちが見れない世界を見てくるのかもしれない。自分の心配でこの子の可能性を潰したくない」。そんな風に思ってくれてたのかと驚いた。常に会話していてもコアな部分は案外分かってない。あえて聞かないから語られないだけの想いは多い。身近な人ほど。

 

 

自分の代わりに生きる

自分一人であれもこれもは生きられない。いろんな人が「自分の代わりに」体験してくれてるんだと思う。私は子供を産まない選択をし、こういう風に生きてるけれど、他の人が代わりに産んでくれて、私は代わりにこういう経験をしていて、と感じる。だから自分が選ばなかった人生を歩いている人に対して嫉妬とか羨ましいとかはない。

 

 

以前はすべてをあれもこれも自分の手に入れなくちゃ、と思っていたが、結局誰がやってもいい「役割」みたいなもので1つで繋がっていて、と、自分と他者との境界があいまいに感じられる。稀にあなたは私であり私はあなたでもあると感じる時がある。夫と私どっちが体験してもいい。それと同時に尊重すべき全く別の「個」でもある。

 

 

常に相手にとっての「最適」を考えるということ。先日のこれまた1か月のヨーロッパ放浪も寒いし全く行く気がなかったけど『お金も時間も有限なんだよ。しかも行動できる条件が常に整っているとは限らない。よく考えなさい』と例を挙げてゴリゴリに論理的に詰められて私は知恵熱で数日寝込み、やっぱり行きたい、という結論に至ったのだった。

 

 

夫婦を超えてゆけ

わたしたちはオリジナルの夫婦関係を構築していく。意思の力で。「ふつう」なんて幻想。「結婚は」ってすべてのカップルをまとめて語ることはできない。一人ひとり一組一組まったく違ったオリジナルの人間関係なのだと思う。「人生の墓場」になる場合もあるし「自由をくれる」場合もある。結婚という概念を言い訳にしないで自分たちの関係だけを直視するしかない。他の人が何を言おうと知ったことじゃない。

 

 

関係性の中には「別れ」を学ぶために出逢う、ってこともあると思う。「別れ」でしか感じられない感情もあってそのために誰かと出逢う。そして予定通り別れる。「別れ」「離婚」は決してネガティブじゃない。得たものを見る。

 

 

夫婦を超えてゆけ、ほんといい歌詞だな。星野源やるな。2人を超えてゆけ。1人を超えてゆけ。究極はここだと思う。「一人を超えてゆく」それは別に結婚していてもいなくても、誰かと付き合っていてもいなくても同じことだと思う。「1人を超えてゆけ」。実は、もう、みんな超えてるんだよ。

 

いずれにせよ今日はだんなに土下座からのジャンピング・ハグ、の気分である。 やー!

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***わたしにとってだけの正解。見えている世界***

辻 和美 ツジカズミ 

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