ごろ寝発電

”experience is everything" 辻和美というサンプル。

まるで人生のような音楽 まるで音楽のような人生

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人との出会いで人生は変わる。

 

自由で健やかでいつも楽しそうで常に機嫌のいい大人。

私が人生で一番影響を受けた人。

長崎にある洋楽に特化したスナックのマスター。

訃報を聞いてからなんだかずっと力が入らない。

 

 

北風と太陽

マスターとは大学2年の時に出会った。写真はその頃のもの。私の母と同じ歳でこんな大人がいるのかと度肝をぬかれた。とにかく自由。とにかく無邪気。何でもかんでも「良かねー、良かねー」と肯定してくれて自己受容も自己肯定もできなかった当時の私はどれだけ救われたことか。マスターには本当に感謝しているし尊敬している。

 

マスターも大好きだったけどマスターといるときの自分も大好きだった。きっと他の人も同じだったんじゃないかな。一般的にはクセのありすぎる人もマスターの前ではそれも面白い個性として認められていた。その人のよい部分にスポットを当てる。するとなんだかその人もいい人になっていく。

 

そんなすごいマスターだけど日本にずっと住んでてそんなことあり得るのかと思うけどなんと山口百恵も知らないし美空ひばりも知らなかった。スターダストレビューのボーカルの人がお店に来てカラオケ歌った時も知らなくて「あんた歌うまかねー」とか言っちゃったらしいし。ただ洋楽に関してはとにかく半端ない。ラジオのDJとしても人気だった。

 

 

その人に見えている世界

マスターにはこの世界はどんな風に見えていたのだろう?とずっと考えている。「面白おかしくパーッといかんばさ」が口癖だったマスターの視点で世界を見てみる。するといろんなものが楽しくキラキラして見えてくる。「きっとこんな感じに見えてたんだろうな」と想像するだけで心が軽くなる。ワクワクしてくる。 

 

その人の視点を共有することで一度のはずの人生が何倍にも何十倍にも豊かになる。人と関わりあう、とはこういうことだ。多視点とはこういうことだ。 

 

その人がこの世にいなくなったとしてもそれは変わらない。例えば本や映画や音楽、絵画を通してその作者と知り合う。分かり合う。時代も国籍も簡単に超える。「本物」に出会うということ。

 

自分を生き切った人の視点。面白おかしく生き切った人の人生。その在り方。それはとてつもなく大きな贈り物である。 

 

 

more than feeling

初めてマスターにボストンの more than feeling という曲を教えてもらった時は衝撃だった。音楽はいろんな気持ちにさせてくれるものだけれどまさか宇宙にまで連れて行ってくれるとは知らなかった。 

 

マスターにはたくさんの人や音楽やいろんなものを教えてもらった。なんでもっと長崎に行かなかったのだろう。悔やむことに意味はないと分かっていても思わずにはいられない。何故だかマスターはずっとそこに居てくれるものだと油断していた。いつだって「この次」なんて「いつか」なんてないのに。

 

 

まるで人生のような音楽 まるで音楽のような人生

毛皮のマリーズの「ビューティフル」という曲が頭の中から離れない。

 

まるで人生のような音楽 まるで音楽のような人生 

 

そもそも造船設計の仕事をしていてスナックはただのオーナーで自分が店に入るつもりもなかったのに当時雇っていたマスターに持ち逃げされて仕方なく自分がお店に入ってじわじわと自分の「好き」を増やしていってそのうち自分の「好き」な洋楽を目当てに店に来る人も増えだして伝説のスナック「ぴえろ」になっていく。

 

マスターは音楽に呼ばれていたんだと思う。

 

自分の好きな曲を嬉しそうに教えてくれて、だけど決して押し付けることなく、お客さんの「好き」も尊重する。

 

ただ「好き」なものがある人たちが集まって「僕はこれが好き」「わたしはこれが好き」で明け方まで飲んで歌って音楽を聴いて ”I just call to say I Love you" なんて歌う人がいたら店中のお客さんで大合唱になっちゃったりほんと最高だった。大好き。「ぴえろ」は私の青春でした。

 

あの店がなければ出会わなかった人たち。

あの店があったから出会った人たち。

20年前大学生だった私の本当の大学は「ぴえろ」でした。

本当にありがとうございました。

 

ビューティフルに ビューティフルに生きて、死ぬための僕らの 人生 人生!

 

ビューティフルに。

余計なノイズはどうでもいい。

精神的に隠居モードに入っていた自分に「ちゃんと生きろ」とマスターの死で一発ぶん殴られたような気がする。

 

 

プラウドメアリー

どうせならあの世でまた会ったら「和美ちゃん、面白かことしとったね」と言われたい。というかあの世でも先に逝った人たちと「面白可笑しくパーッと」いっちゃってる気がしてきた。

 

三途の河を渡る時もプラウドメアリーなんか口ずさみながら 「Rollin', rollin', rollin' on the riverさ、あはは」とかCCRキメちゃってる気がする。

 

人は死んで肉体は灰になってもその精神と記憶という贈り物は残る。いよいよもらったものをマスターに直接返せなくなった。受け取った者にはそれを次の人にまわしていく義務が生じる。独り占めして腐らせるわけにはいかない。ちなみにマスターの経営やお金へのスタンスも「循環」だった。

 

過去記事:ありがとうって要らんな、って話をモンゴルのゲルの中でしてまして・・・・ - ごろ寝発電

 

死ぬ前に人生の走馬燈を見るという。マスターの走馬燈はすごく豊かで豪華だったろうな。人生の最後の走馬燈に私は何を見たいのか。

 

生きるとは重くもなく軽くもなく結局はそれだけの、ただそれだけのことのように思う。そしてそれはきっと死も同じである。

 

私にとってマスターは問いではなく答えだ。そういう人生で1人会えるか会えないかのすごい人でした。

 

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辻 和美 ツジカズミ 

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