ごろ寝発電

”experience is everything" イランカラプテ(╹◡╹)

神様の領域、わたしの領域。

こんな風に望みって叶っていくんだなーと我ながら感心したので書いておく。叶っていたことに最近まで気が付いてなかったのも「あるある」なんじゃないかと思う。 

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ここらで一発人生を変えたいと数年前に会社員を辞めて金が尽きるまででいろんな国を旅した。そのうち見つかると思っていた「やりたいこと」も「やりたい仕事」も見つけられなかった。だけど「安心して」焦っていた。生き方を「決め切る」と妙な余裕が生まれる。その時期の葛藤は過去記事で。

過去記事:地に足をつけて生きなさい、と同級生にめっちゃ叱られたはなし。なんのために生まれて、なにをして生きる? - ごろ寝発電

 

自分の「感覚」か「流れ」か

なんだかんだできっちり金が尽きたタイミングで仕事の話がきた。ゴリゴリのthe企業のお仕事。速攻で「無理」と思った。もうそういう要求がヘビーな世界の仕事はしたくない。「水曜どうでしょう」のようにゴキゲンに「大学生の夏休み」のように好きなことだけしたい。だけどこの絶妙のタイミング。何か意味があるのかも。いつもなら絶対パス。だけど今回は自分の「無理!!!!!!」という「感覚」より「流れ」の方を選んでみた。その時はまさかうっすら願ってたことが叶ってたとは気づいてもいなかった。 

 

『水曜どうでしょう』

『水曜どうでしょう』のようにゴキゲンに旅をしながら生きていきたい。厳密にはこの番組は旅をしない。目的地に着いたらすぐ次の場所へ。ただの移動。大泉洋が盛大に文句を言いながらも仲の良さや楽しさが伝わってくる。

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一方私はプレッシャーでげー吐きそうになりながら仕事月には1か月で8都道府県前後出張する。目的地に着いたら「ちゃっ」と仕事して即、次の場所へ移動。って、え!?ここ!?ヘビーな移動の部分だけ叶っちゃった。あれ?私が思っていたのって「どうでしょう」のゴキゲンな部分だったような・・・。あれー?でもざっくり大枠では叶ってるのかな??

 

大学生の夏休み

『大学生の夏休み』がずっと続く人生がいいな、と思っていた。結局今は1か月集中して働いて2か月休み、というサイクル。大学生の夏休みは2か月間。おお!

 

つまり・・・

現状では自分が想像していたものとはすべてが「微妙にずれている」が大枠で叶っているという状態。

 

「引き寄せ」なんて当たり前だから(本当に当たり前だよ)もっと明確にきっちり望めばちゃんとその通り叶ったのかもしれない。この部分をこんな風に叶えたい、とか具体的に明確に?

 

うわああああ。いやあああああ。

 

「すべて私の思う通り」になってちょうだい、ってなんか嫌だ。そこに含まれる粘着質な何か。まとわりつくような何か。ケチくさい何か。

 

「あれは欲しいがこれは嫌だ」とか「全部神様に丸投げ」とかそういう了見が自分で自分を停滞させる。世界を狭くする。来たものは全部受けとるぜ。もっと潔くありたい。すべてが自分の思い通りになることに何の意味があるというのだ。微妙にずれてる部分に私の存在の意味があるというものだ。むしろ余白まで用意して遊ばせてくれるなんて神様最高っす。後はあっしにおまかせ下され。ただし、やってみたけど見込み違いだったら自分を責めずに速攻「逃げろ」だ。

 

 神様の領域 わたしの領域

東京国立博物館で『運慶展』を観てきた。仏像に魂が宿っている。優れた作品は時代も言葉も簡単に超える。「こっち側は俺に任せろ」と聞こえた気がした。 

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「神様や仏様や妖怪やそういう見えない世界の事は俺たちがちゃんとやっとくから、お前は安心してそっちの世界でしっかりやれ」

 

運慶の仏像たちは全身でそう言ってくれた。こんなにも神々に守られているのかと涙した。すごい体験だった。当時の人はどんな感覚でこの半端ない仏像たちを見たのだろう。どんな声を聴いたのだろう。

 

あっち側の世界とこっち側の世界。

 

私は私の領域(現実、リアル)でしっかりやろうと思った。

お互いいい仕事しましょうね的な、神や仏や見えざる何かとハイタッチでもしたいような「仲間」感。バディ感。コラボ感。ありがたやー。

 

自分の人生を誰のせいにもしない。自分はこう生きる、あるいはこうしか生きれないと腹をくくればすべてが味方になってくれる。あらゆるものの優しいメッセージを感じられる。世界は信じるに値する。自分もそれに含まれる。

 

誰かの言葉やどこかで読んで知った気になる「経験なき悟り」「体感なき悟り」の無意味さ。もったいなさ。私たちのご先祖様は4畳半にブッダは自身の肉体に宇宙の真理を見てきたのだ。どこに行っても行かなくても体感はできる。

 

いずれにせよ「くれくれ」ではなく神様ともコラボな感じがわたし好みである。

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辻 和美 ツジカズミ 

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